ぷよねこ減量日記 since 2016

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがいのないその時間 である。 (星野道夫)

2021/01/18 Mon. 開き直ってるなオレ

朝、9時近くに起きてトイレへ行く。

小をしながら正月からほぼ3週間の来し方を思った。

来し方って大げさな。(笑)

そのつまり、18日間を振り返って思ったこと。

「あ、開き直ってるわオレ」だった。

何とか去年の総括をして、出来なかったことを反省して、新しい年の誓いを立てたい。

なんせ計画好き性分、毎年そう思うのだが、事がうまく進むときは滅多にない。

去年2020年は、そろそろ終活に手をつけたいと断捨離をし、エンディングノートを作り、

終の住み処や老後についてヒロとちゃんと話をしよう、そのための助走にしておきたいと思った。

たいていはうまくいかないのだけど、それなりに足掻くのも必要、必須だと思った。

2020年、ここからの十年を前にしてそれなりの覚悟はあったのだ。

その具体案を考えたのは2月初旬。

大きくずれ込んだ。

写真や郵便物の整理、処分から着手したのは2月中旬。

そしたらコロナがやってきた。

もうどうにでもなれ、なるようにしかならないと思った。

でも、コロナの家ごもりは断捨離に好都合だった。

しばらくは愉しみの誘惑がない。

のんびり進められた。

6月頃には断捨離が一段落、自分の持ち物が半分くらいになった。

そこから先が進まなかった。

どうゆうわけかは分からない。

断捨離の時点でそれなりに達成感を得てしまったからだろうか。

中だるみと言おうか、生来の怠け癖と言おうか。

仕事のことでもケツに火がついてるのは事実なのに動かず。

コロナの年、そういうふうにやってきた。

で、今朝トイレで思ったのは「オレ開き直ってるな」だ。

総括とか目標設定とか、やろうやろうとして前日には誓うのだけど朝起きたら開き直ってる。

去年の今ごろと全くいっしょ。

去年は1月にラグビーで東京出張があったり、A部さんと姫路へ飲みに行ったりして、

やるべきことを放棄しながら、支払いを先送りにしながら過ごしてしまった。

ことしもそうなんじゃないの?

崖っぷちだけど、まだ今すぐは大丈夫。

一週間先に仕事を失うことはないだろう。

2週間先は大丈夫、一ヶ月先は…。

しばらく好きなように過ごそう。

どうせしないのだから

ジブン開き直ってるな と思った次第。

 

 

今日も軽いネット動画編集作業を2時間ほどして仕事終了。

午後からブロンプトンで市内の山手方面の行きたい場所へ行こう。

そうだ、甲山行こう。

そうだ、震災記念碑へ行こう。

そうだ、映画へ行こう。

開き直ってるなオレ。

日があるうちは身体を動かして日が暮れる前にことし初の映画を観に行こう。

 

きのう1月17日は東遊園地へ行けず。

毎年、地震に遭遇した六甲の市ヶ原へ行ったり、

当時、住んでいた武庫川団地から三ノ宮まで歩いたり、

年に一度は何かをしてあの日を思い出してきた。

たまたま西宮つーしんをいうローカルサイトで西宮に慰霊碑があることを知った。

調べるとニテコ池の畔にある。

前に桜を観に行った越水浄水場のあたり。

自宅マンション前の建石筋をブロンプトンでひたすら北上する。

 ニテコ池のあるエリアまでは緩やかに登っている。

太ももをしっかり使いながら筋トレにつもりでこぎ続ける。

 

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ニテコ池の畔に震災記念碑がある。子どもたちが遊ぶ普通の公園でした。

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当時から僕も西宮市民だった。西宮市は1126名が亡くなった。

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犠牲者の名前が刻まれている石版の下に昨日の献花が残っていた。

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下の写真、一面のガレキになった屋敷町にかつて僕の住んでいた若葉荘があった。

屋敷町にあった若葉荘という木造2階建てのアパートは一瞬にしてガレキになった。

僕がそのアパートに住んでいたのは1983年〜85年頃だったと記憶する。

当時、香櫨園駅の北にあった屋敷町はほぼ全域が全壊、一区画まるごと消えてしまった。

あのアパートに住み続けていたら僕はどうなっていただろう。

 

甲山に登ろう だった。

いつも自宅近くから、海沿いのジョギングコースから、六甲の縦走路から眺めている甲山。

20年前に一度登ったっきりだ。

登ってみよう、登って頂上広場でホットウイスキーを飲もう。

 

戦国時代、摂津の国 西宮は伊丹有岡城の城主 荒木村重が治めていた。

その荒木が一旦は恭順していた織田信長に謀反を起こした。

村重は信長と敵対していた本願寺と結び毛利の援軍を待つ。

信長は有岡城を攻め村重は籠城する。

いま、西宮の高級住宅地となっているこのあたりの百姓は織田勢に追われ甲山に逃げた。

そこで皆殺しにされたと遠藤周作の「反逆」にあった。

それがどこまで史実なのかどうかは不明だが、おそらく似たようなことはあったのだろう。

以来、今までは行楽地のイメージの強い甲山だったが、見るたびにその惨劇を想像してしまう。

(古文書にそれなりの記録があるのだろう)

甲山には神呪寺という寺がある。

神の呪いと書いて「かんのうじ」と読む。

その虐殺とは関係ないが、その文字に禍々しいものを感じてしまう。

一般のイメージとしては明るく整備された森林公園なのだが。

 

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甲陽園駅を過ぎてしばらくするとブロンプトンでは登攀無理な傾斜、交通量も多いし。

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押しで何とか麓までたどり着く。北山ダムの貯水池から見た甲山。

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登っていたら上映時間に間に合わないので貯水池で打ち止め

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年末にポチったONのクラウドベンチャーWP トレラン用のシューズを下ろした。

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寒い野外であったかいものを食べる。

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北山貯水池の南半分

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北半分

来た道を戻る。

傾斜のキツい坂を慎重に下る。

途中から来た道ではなくみたらし通りという広田神社へつながる道をとる。

西宮ガーデンズに到着、水野家でいつものミンチカツサンドを買う。

 

「新感染半島 ファイナルステージ」@TOHOシネマ西宮

「新感染 ファイナルエクスプレス」と同じ監督ヨン・サンホによる続編…か。

17時半の回で客は10人弱くらいだった。

原題はペニンシュラ(半島)、前作も原題はTRAIN TO BUSAN(釜山行き)だった。

こういうタイトルのつけ方は韓国の方が抑制が効いている。

これも映画の歴史、映画文化の違いなんだろうな。

日本でも邦画は「七人の侍」「東京物語」「麦秋」「幕末太陽伝」とかもともとシンプルだった。

輸入したハリウッドのコメディ映画の成功体験が尾を引いてるのかも?

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前作の「釜山行き」はかなり面白かった。

 

あの「釜山行き」から4年後の半島が舞台。 

韓国で大ヒットを記録し、日本でも話題を呼んだゾンビパニックアクション「新感染 ファイナル・エクスプレス」の4年後を描く続編。「MASTER マスター」「ゴールデンスランバー」などで知られる人気俳優カン・ドンウォンを主演に、前作から引き続きヨン・サンホ監督がメガホンをとった。人間を凶暴化させる謎のウイルスが半島を襲ってから4年後。香港に逃げ延びていた元軍人のジョンソクが、ある任務遂行のために半島に戻ってきた。その任務とは、限られた時間内に大金が積まれたトラックをチームで回収し、半島を脱出することだった。トラックを回収し、任務は順調かに思われたが、民兵集団によりジュンソクたちはトラックを奪われてしまう。そんなジュンソクを窮地から救ったのはミンジョン母娘だった。2020年・第73回カンヌ国際映画祭(新型コロナウイルスの影響で通常開催を見送り)のオフィシャルセレクション「カンヌレーベル」作品。

2020年製作/116分/G/韓国 原題:Peninsula 配給:ギャガ

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主人公のカン・ドンウォンが若き日の上川隆也、ヒロインのイ・ジョンヒョンが松嶋菜々子に見えた。

 

総評……楽しめました。

個人的に最近トイレが近く2時間以上あるのでちと辛かった。

もちろん3時間でも耐えられるときもあるけど。

レビューでテーマ性が感じられないって指摘があったけどそれはいいんじゃないのって思う。

エンタメ作品なので、いや文芸作や芸術作品であっても、見て楽しめたらいいと思う。

ただ前作ほどは面白くなかったのは事実。

ゾンビ映画というより、よくあるデストピアものでした。

ゾンビは環境、より恐いのは狂った人間なのです。

 

レビューにもあったが導入部は良く出来ていた。

面白かった前作を思い出した。

ラストは粘っこいね。

ケレン味たっぷり。

あのままヒロインが自殺してたら…それだと終われないだろうけども、

スポーツ漫画でだとわずか10秒の出来事が30分くらいかけるのと似て、

あるいは歌舞伎の大見得を切るところにも似て、とにかく大げさに盛り上げる。

思わず「もうゾンビに食われてるだろ」と脳内で突っこむ。

去年、amazonで観たパンデミック映画の「運命の36時間」のクライマックスも同様に粘っこい。

でも、あれがコリアン流なのだろうな。

それなりに満足してエンドクレジットが始まるとすぐにトイレに駆け込んだ。

 

見終えたのが午後7時40分、シッピングモールのレストランエリアは店じまいの最中だった。

これも一種のデストピアっぽいなと思った。

 

朝イチで小をしながら開き直り、夕にトイレに駆け込んでデストピアを感じる。

そんな一日でした。