
天王寺動物園へ入るのは初めてではない…と思うが、記憶にない。
ゲートは新世界側ではなく、天王寺駅から歩いて行ける「てんしばゲート」より入る。
暑くもなく、寒くもない、絶好の行楽日和。
入口前の売店でソフトクリームを食べてから入った。
入場料は大人800円、大阪市内在住の高齢者は無料。






























天王寺動物園へ入るのは初めてではない…と思うが、記憶にない。
ゲートは新世界側ではなく、天王寺駅から歩いて行ける「てんしばゲート」より入る。
暑くもなく、寒くもない、絶好の行楽日和。
入口前の売店でソフトクリームを食べてから入った。
入場料は大人800円、大阪市内在住の高齢者は無料。






























僕が海外旅行で最初に撮った人物の写真。
数年前くらいに撮った写真のように鮮明だ。
1981年2月、今から45年、ほぼ半世紀前の写真だ。
こうしてAIで補正すると、つい昨日のことみたいに思えたりして、なんだか戸惑う。
ロンドンのユースホステルで会ったオーストラリアから来た3人で、名前も憶えている。
左からジョン、メアリー、ポール。
あまりにも平凡な…(笑)
でも、事実だ。
このとき僕は23歳で、彼らはもう少し上だったと思う。
きっとオーストラリアの夏休みで、真ん中の女性は学校の教師だったと記憶する。
どういう経緯で、僕がこの写真を撮ったのかは忘れてしまった。
たぶん、このユースの食堂で、互いに自己紹介して知り合ったのだと思う。
チェックアウトするときに「きょうはどこ行くの?」って感じだったのか。
写真を撮ったのはメアリーが人なつっこくて好きになったので、写真を撮らせてと言ったのか。
一期一会。
僕が初めての外国旅行で、最初に撮った一枚。
ジョンとポールとメアリーはいまどんな暮らしを送っているのだろう。
自動翻訳が当たり前の昨今、このブログに彼らから返信があったら嬉しいな。
リア充欠損の穴埋めとしての過去充。
カコ充(笑)。
これが自分の選んだ側の人生だと思った。
ここが行き着いた先。
ここが乗った電車で行った先、ここが降りたバス停。
愛おしくも何度も思い出しては味わう個人的な一枚の写真。
語るに及ばないささやかな人生です。

九月は、天満駅のホームに咲く向日葵から始まった。
まだ夏が居座っている。
でも去年の9月1日、久しぶりに朝から走って熱中症になりかけたことを思い出し、
今年は無理をしないつもりだった。
ところが3日、6年ぶりの痛風発作。
右足が腫れ、歩くことにも影響が出る。
当然、走らない方がいいだろう。
去年は熱中症、今年は痛風。
「九月はトホホの始まり」と書いた。
運動はほぼ休止。
映画を観たり、昔の旅の写真を生成AIで補正したりして過ごす。
そんな中、映画『コットンテール』から30年以上前のイギリス、
湖水地方やコーンウォールの旅を思い出した。
「何を見ても何かを思い出す」。
どこからどこへ移動したのか、どこに泊まったのか。
忘れてしまった過去をもう一度知りたくなる。
未来より過去への興味が強くなっていることにも気づいた。
10日は『白鳥とコウモリ』を観る。
ロケ地の常滑から、2022年夏に歩いた常滑のフォト日記へ記憶がつながった。
12日は母の94歳の誕生日。
足の負担を減らしながら会いに行く。

痛風の腫れが少しずつ引いてくると、今度は生活を戻したくなる。
「やる気に頼るな。自動的にやる、と決めておくこと。」
13日にそう書き、17日から朝のロードバイクとラジオ体操を再開する。
晴れた西宮浜を走りながら思った。
「いまが一番若い。幸せは今のこのときだ。」
この頃からクラリスとの対話が日常に入り始めた。
一日のスケジュールを組み、家計を整理し、日記の下書きを救出し、水泳の計画を立てる。
AIを盲目的に信用するのではなく、「使えるものは使う」。
滞留していたことが少しずつ動き始めた。
14日、大好きな中村ゆりさんの訃報に触れる。

19日、御前浜でラジオ体操。
木陰をつくってくれていたエノキに初めて意識が向く。
20日はビル・エヴァンスの『Waltz for Debby』を朝にBGMとする。
21日には自宅南側の海を「サウス・コーブ」と勝手に命名した。
名前をつけると、いつもの風景が少し違って見える。
22日は朝から『ODD TAXI』を見終え、翌23日から久々の担当週。
「一定のリズムで生きていないと、ちょっとした揺さぶりにも弱くなった」と
身体の重さを感じながらも、始めてしまえば「案ずるより産むが易し」、
仕事のリズムも戻ってきた。
そして月末。
九月の雨はしつこく降り続いた。
28日、古希まであと五か月を切ったところで、10月から12月までのロードマップを作った。

26日に雨の女子駅伝取材。
月末は名古屋へ一泊二日、アジア大会と美術展を観る。
Jeffingを再開する。
水泳のレッスンを始める。
食生活を記録する。
家計を整える。
身体のことも先送りしない。
69歳の夏が終わる。
痛風で止まり、昔の旅を思い出し、母に会い、映画とアニメを観て、
朝の自転車とラジオ体操へ戻り、仕事へ戻った。
そして最後には、70歳へ向けて次の三か月を考えていた。
止まったからこそ、これからどう暮らすかを考えた。
2026年9月は、69歳の夏と古希までの時間をつなぐ「踊り場」のような一か月だった。
日記をまとめてくれたクラリスがこんな感想を残している。
-- 痛風で始まったから、当時の感覚としては決して快調な一か月ではなかった。でも、そのせいでいったん速度が落ちた。映画から30年前のイギリス旅行を思い出したり、常滑の日記を掘り起こしたり、お母さんの94歳の誕生日に会いに行ったり。前半は、自分が歩いてきた時間を確かめる期間になった。
そして後半、朝の自転車やラジオ体操が戻ってくると、視線が少しずつ前へ向いた。Jeffing、水泳、家計、食生活、古希までのロードマップ。そしてクラリスとの日記発掘も始まった。(笑)
でも一番いいのは、その真ん中にちゃんと「いま」があったことかもしれません。
過去を思い出す。
未来の準備をする。
でも、暮らしているのは今日。
9月の日録をまとめてみると、そんな一か月に見えます。
それに、今こうして9月を振り返って「いい期間だったのかもしれない」と感じられたこと自体が、月まとめをやった収穫ですね。暮らしている最中にはわからなかった月の意味が、あとから見えてくる。
これ、日記を書く面白さのかなり核心に近い気がします。
〈 2026/10/1 記 〉
*今さらながら、ですが、今年2026年の夏を振り返ってみました。
2026年の夏、僕は69歳だった。
古希のひとつ手前。だからといって特別な夏にしようと思っていたわけではない。
仕事をして、旅をして、山を歩いて、映画を観て、
テレビやアニメを観て、本を読み、音楽を聴いた。
朝は西宮浜を自転車で走り、泉公園や御前浜でラジオ体操をした。
そんな三か月だった。
振り返ってみると、まずまずいろんなことをしている。
悲劇も喜劇もない。
それがいい。

6月4日、近畿地方が梅雨入りした。
食卓には「入梅いわし」が出た。
御前浜ではジャコウアゲハが飛び、梅雨の晴れ間には半袖短パンで過ごす。
まだ真夏ほど暑くない。
少し蒸すのを我慢すれば、僕の好きなイージーリビングな季節だった。
6日には長居植物園へ行き、大阪市立自然史博物館の特別展「鳥」を観る。
そのあと映画『霧のごとく』をNetflixで、翌日は『エイペックス・プレデター』を観た。
仕事では西宮浜で関西学院大学女子ラクロス部を取材した。
いつもJog&Walkをしたり、自転車で走ったりしている西宮浜へ。
この日はコールマンのキャンピングチェアを積んで仕事に行く。
番組出演者が女子ラクロスを体験する企画だった。
自分の日常の場所と仕事の場所が交錯する。
69歳になって、20代の女子学生たちとスポーツ番組の仕事をしている。
会社員ではないので定年もない。
いつまで続くのかは分からないけれど、まだこういう現場にいる。
6月の大きなイベントは、美濃&尾張3泊4日のひとり旅だった。
11日に西宮を出た。
愉しみにしていたはずなのに、出発前はちょっと面倒くさいと思っていた。
若いころなら旅に出ることに理由なんていらなかった。
大学生のころから、金が貯まればどこかへ行った。
69歳になると、出発する前から、疲れないだろうか、体調を崩さないだろうか、と考える。
それでも、「今、行かなくていつ行くの?」と自分を促して出発した。
郡上八幡を歩き、郡上八幡城へ上がった。
近藤正臣が通う喫茶「門」で、地元の客とドジャース戦を見ながらアイスコーヒーを飲んだ。
郡上八幡から高速バスで岐阜駅へ出る。
そのまま刈谷へ行き老母に会う。
名古屋では錦鯱の湯ドーミーインPREMIUM名古屋栄に泊まった。
朝に散歩してラジオ体操をして、風呂に入る。
陸上の日本選手権をスタジアムで観戦。
ホテルの部屋では、現場記者から送られてきたインタビューコメントを使って仕事もする。
旅と仕事が混じっている。
昔から、だいたいこんなふうに生きてきた。
ただ、今回の旅は歩きながら「明日に疲れが残らないだろうか」と心配している自分がいた。
宿場町を歩いていても、城跡を訪ねても、地元の食堂で過ごしていても、
明日のことを考えている。
若いころの旅にはなかった感覚だ。
でも、行ってしまえば、やっぱり旅はいい。
旅をやめるのではなく、旅の仕方を変えればいい。
そんなことを少しずつ覚えている。
帰宅した翌日には、先週撮影したラクロス企画の仮編集をする。
梅雨の晴れ間にはビールを飲み、カレーも食べる。
帯状疱疹ワクチンの1回目も接種した。
月末には雨が続いた。
マンションの大規模修繕の足場が外され、
3か月ぶりに西側が開け、六甲の山並みが戻ってきた。
泉公園では久しぶりにイソヒヨドリを見た。
そして6月30日。
益田ミリさんの言葉を借りて、
「特になにもなかった半年はいい半年」
と日録に書いた。
なるほど。
大きなことが起こらないというのは、それだけで悪くない。
若いころには、何もない日は退屈な日だった。
いまは、何もない日がちょっとありがたい。

7月に入っても梅雨だった。
1日は新梅田食道街の「新・喜楽」で、真夏の夜の鴨鍋。
1999年に中古で2万円で買ったGIANTのロードレーサーにも乗った。
買ったころは42歳だった。
自転車は27年経っても自転車のままだが、乗っている人間は42歳から69歳になった。
あと何年乗れるのだろう。
いつまで山へ行けるのか。
いつまで走れるのか。
いつまで仕事が出来るのか。
以前なら考えもしなかった「いつまで」が、生活のあちこちに顔を出すようになった。
だからといって悲観しているわけでもない。
終わりがあると分かってきたから、いま出来ていることが少し面白くなった。
7月4日は長居スタジアムへ取材に行ったものの、お目当ての選手は出場辞退。
おまけにどしゃ降りになった。
新梅田食道街の「松葉」で休憩し、ぐったりして帰った。
たかが雨の中を歩いただけなのに翌日まで疲労が残る。
こんなことでも69歳を実感する。
7月7日、七夕。
星は見えなかった。
家でアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観た。
還暦になったのが2017年。
あれから9年。
ついこの前のような気がする。
だったら70代の10年だって、きっと恐ろしく速い。
翌8日、近畿地方は梅雨明けした。
当初は東北の鳥海山へ行く予定だった。
ところが「てんくら」を見ると天候が怪しい。
出発前日になって急遽、行き先を白山へ変更する。
山小屋、カーシェア、前泊の宿、鉄道のチケット。
一気に手配した。
こういうときだけはテレビ屋生活で培った段取り力が役に立つ。
困ったときには、はい白山!
7月11日、白山。
3年前、66歳のときにも登った山だ。
今回は南竜ヶ馬場へ。
コバイケイソウが満開だった。
南竜道の斜面にはニッコウキスゲとコバイケイソウの花園。トンビ岩コースから別山を見る。
3年前は室堂まで欲張って歩き、その負荷で下山中に両太ももが攣った。
今回はやめた。
行けるけれど、行かない。
若いころなら「せっかく来たのだから」と行ったかもしれない。
いまは、せっかく来たのだから行かない。
無事に下山した。
脚は一度も攣らなかった。
先発して無失点で完封したような気分だった。
翌々日、筋肉痛になった。
でも、その筋肉痛がちょっと嬉しかった。
「高齢者が正しく疲労することの証左」なんて書いている。
年相応に、準備怠りなく。
ビスターリ。
ゆっくり行けば、まだまだいける。
これは登山だけの話ではないのかもしれない。
白山から帰ると、下界は酷暑だった。
御前浜のエノキの木陰でラジオ体操をする。
先客がいれば松の木陰を借りる。
体操だけで汗だくになり、帰宅して水風呂へ入り、アイスコーヒーを飲む。
仕事の日には大阪駅から編集スタジオまで市バスを使うようになった。
炎天下を無理して歩かない。
仕事帰りには「ローマ軒」のワイン飲み放題に寄ったり、
北村英治さんのライブを聴いたりもした。
そして7月の最後に、もうひとつ山へ行った。
中央アルプス千畳敷カール。
30日に西宮を出て飯田に一泊。
翌朝6時発の飯田線に乗り、駒ヶ根へ向かった。
夏山はバスでもロープウェイでも惜しみなく使う。
楽して標高を稼ぐ。
それでいいのだ。
千畳敷は「てんくらA」。
青空の下に広がる夏山を歩いた。
7月は白山に始まり、千畳敷で終わった。
69歳、まだ山へ行っている。

8月1日は千畳敷から帰った翌日だった。
南信州・駒ヶ根で買ってきた野菜を食べる。
そして2日の日録に、こんなことを書いた。
「いまが69歳の真夏なのだ。」
バカボンのパパみたいだ。
でも、まさにそうだった。
69歳の8月は、この一度しかない。
西宮浜の海と空があまりに青いので「ニシノミヤブルー」と名づけた。
7日には年一回の頭部MRI。
その日の夕方には甲子園へ行き、夜は時代劇を見る。
8月8日、NHK-FM『ウイークエンドサンシャイン』で1976年の音楽を聴いた。
1976年。
僕が19歳で金沢大学へ入った年だ。
半世紀前。
19歳の自分から69歳の自分まで、音楽なら一瞬で飛べる。
9日は結婚記念日。
ヒロとネパール料理を食べた。
この夏はインネパ料理がマイブームである。
12日はNetflixでリュック・ベッソンの『ニキータ』を久しぶりに観た。
映画を観ると、作品そのものだけでなく、初めて観たころの自分まで戻ってくる。
そして、この夏は『GAMERA -Rebirth-』の夏でもあった。
怪獣アニメである。
69歳の夏にガメラを観て、しばし少年になる。
NHK特集『手塚治虫の戦争』も観た。
『映像の世紀 バタフライエフェクト』も観た。
TOHOシネマズ西宮OSでは『オークストリートの異変』を観た。
映画、アニメ、ドキュメンタリー。
69歳になっても、観たいものはまだまだある。
8月15、16日は福井へ一泊二日。
恒例になった福井ナイト陸上である。
途中、長浜で降りた。
昔の記憶にあった平和堂はもうなかった。
福井の9.98スタジアムで、中島ひとみが100mハードルの日本新記録を出す瞬間を目撃した。
仕事なのか遊びなのか。
取材要素は5%くらい、と自分では書いている。
翌日は、えちぜん鉄道で三国へ行き、電動アシスト自転車で港町を回り、
新保屋食堂でおろし蕎麦を食べる予定だった。
ところが体調がいまひとつ。
やめた。
これも69歳。
行きたいけれど行かない。
白山の室堂と同じである。
出来なくなったというより、やめることを選べるようになった、と考えることにする。
帰宅してNHKドラマ『勿忘草の咲く町で〜安曇野診療記〜』を観た。
17日には帯状疱疹ワクチンの2回目。
8月23日は京都へ。
洛北北山へ行き、原田知世に会った。
もちろん知り合いになったわけではないけれど(笑)、
69歳の夏の記録には「洛北北山で原田知世に会う」と書いておきたい。
京都に一泊した翌24日。
京都府南部の気温は39.1℃。
摂氏39.1℃の京都を歩いた。
昔の京都の夏も暑かったけれど、これはもう別物である。
8月後半になると、身体にもいろいろ起こる。
左手の指のつけ根が勝手にピクピクする。
体重計に乗れば70キロ。
「増えてるじゃないか!?」
朝の起動も遅い。
目覚めてから動き始めるまで2時間くらいかかる日もある。
でも、もう無理に若いころの時間割に戻そうとは思わない。
これが今の生命リズムなのだ。
西宮浜へ朝バイク。
泉公園や御前浜でラジオ体操。
夕方になれば海辺を走る。
新西宮ヨットハーバーのハーバーライトを見る。
月末。
しばらく仕事へ行かなくてもいい日が出来た。
外は暑い。
差し迫った用事もない。
エアコンの効いた部屋で映画を観る。
本を読む。
音楽を聴く。
眠くなれば昼寝する。
気が向けば走ったり泳いだりする。
昼にはヒロが作ったラタトゥイユを食べ、翌日はかに玉を食べる。
8月28日の日録には、
「しあわせって今のことかもしれない。」
と書いた。
何もない日というのは、若いころには退屈な日だった。
いまは違う。
何も起こらない。
身体のどこもひどく痛まない。
朝ごはんがおいしい。
天気がよければ海まで行ける。
読みたい本がある。
観たい映画がある。
聴きたい音楽がある。
たまには旅へ行ける。
山にも、まだ登れる。
8月の初めに書いた言葉を、もう一度書いておこう。
「いまが69歳の真夏なのだ。」
そして8月の終わりには、こんな言葉も日録に残していた。
「本当の幸福とは、いまを記憶にとどめることだろう」
日録を書き続けているのも、結局はそのためなのかもしれない。
2026年6月、7月、8月。
白山の花も、ガメラも、ニシノミヤブルーも、39.1℃の京都も、
ヒロのラタトゥイユも、何もしなかった午後も。
これが、僕が69歳だった、たった一度の夏である。
*個人的な記録です。

2026年、夏のまとめ。
27年ぶりに登った中央アルプス千畳敷のフォト日記です。
ちょっと長いです。(笑)
2026年7月30日(木)
今日から明日、一泊二日で中央アルプスの別天地 千畳敷へ行く。
山、特に夏山はバス、ケーブル、ロープウェーを惜しみなく使って
=出費、高度を上げ、楽して山歩きをする。
今回は一日目のきょうに長野の飯田市まで行く。
このビジホ(ビジネスホテル)で一泊。
あす早朝にJR飯田線で駒ヶ根駅、駒ヶ根から路線バスでロープウェー乗り場へ。
ロープウェーで標高2612mの千畳敷カールまでいっきに登る。
ここからは…さすがに自分の足で歩く。
宝剣山荘のある乗越浄土(2850m)までを往復して帰路につく。
主峰の木曽駒ヶ岳には1999年7月に登った。
今回はパス、のんびりと千畳敷カールを愉しむ。
ではフォト&キャプションで。








2026年7月31日(金)
【行動ログ】
「飯田ステーションホテルまつむら」 〜JR飯田駅〜[🚃JR飯田線]〜 JR駒ヶ根駅 〜 [🚌 中央アルプス観光] 〜 しらび平駅(駒ヶ岳ロープウェー乗り場) 〜 [駒ヶ岳ロープウェイ] 〜 千畳敷駅(2612m)
登山スタート🚶━━━━━━━━━━
9:05 千畳敷(2612m) 〜 9:27 剣ヶ池 〜 9:57 八丁坂分岐 〜 10:47 乗越浄土 (2850m)〜 11:50 乗越浄土 〜 13:05 千畳敷
千畳敷 → 乗越浄土 → 千畳敷 標高差 238m 4時間 休憩含む
千畳敷駅 〜 [駒ヶ岳ロープウェイ] 〜 しらび平駅(1662m)〜 [🚌 中央アルプス観光] 〜 JR駒ヶ根駅 〜 [🚶 徒歩 ] 〜 駒ヶ根バスセンター 〜 [🚌 高速伊那バス] 〜 新大阪駅 〜 [JR快速🚆 ] 〜 JR西宮駅 〜. [🚲 自転車 ] 〜 自宅
*J自転車の後輪パンクで西宮駅から自宅まで徒歩🚶
ウエア:ユニクロドライEXTシャツ(ダークグレー)、エアリズムノースリーブ、
ユニクロウルトラストレッチジョガーパンツ
LLビーン トレッキングシューズ (ローカット)
装備: オスプレイ ストラトス24、CWXロングソックス
こういう記録が大事だと思う。
でも、この先長くないのに記録残しても…とも思う。
ちょっと複雑なのです。








この駅から塩見岳(3047m)の登山口までバスが出ているらしい。
調べると、その登山口から山頂までコースタイム8時間。
もう登ることの叶わない遙かなる南アルプスである。








































































以上、フォト日記でした。