雨の日曜日、家にこもって何をするでもなし。
去年はステイホームのおかげで3月から5月に断捨離を断行できたことを思い出す。
理想のイメージだとミニマリスト的な部屋だったけどそこからは遠い。
あれから1年、コロナみたいにじわじわ増えていくことはなかった。
快適な程よさだが、1年一度も着ることのなかったシャツやパンツが半分以上ある。
脳のストレッチ、今一度断捨離考の一日を作ってもいいな。
去年か一昨年に同じ著者の「ぼくがいま、死について思うこと」を読んだ。
その本は69歳のときに書かれ、今度の本は75歳になって書かれた本。
折に触れ、死に支度みたいなことが書いてある本を手に取って何冊か読んでいる。
椎名氏は20代の頃から世界中を旅していて、当時は思いもしなかったが、
墓のない国やエリアがあったことを思い出して、自分の死に場所、
死んだ後の始末の仕方について考えてたのがこの本だ。
我が家には墓がない。
椎名さんは同じ作家の奥さまと二人とも海への散骨を希望しているとあった。
そういえば「雨スポ」という番組の構成作家だったS藤さんが
「最近、こんなビジネスを考えてるんだよ」と散骨の話をしたのを思い出した。
ビジネスだったのか、自分たちのことだったのかは忘れてしまった。
当時、S藤さんは五十代後半、僕は五十代前半だった。
そのときはまだ自分が死んだ後のことなんて思いが及ばなかったけど、
今なら少し話を聞きたいなと思う。
歩き始めて随分と経つ。
どちらにしろ終点はそんなに遠くない。
「さらば国分寺書店のオババ」とか「哀愁の町に霧が降るのだ」とかの
パワフルな氏の本を読んだ80年代はすでに歴史上の出来事のよう。
「遺言未満、」をトイレで読み終えて、椎名さんと、
彼の書いた本を読んできた自分が歩いてきた峠の向こうを振り返ってしまった。
この人が亡くなったらちょっとショックだろうな、と思う人のひとりだ。
作家でいえば、椎名誠、沢野ひとし、野田知佑、村上春樹、片岡義男、川本三郎、
村上龍、後藤正治、自分より一回りか二回り上で存命の作家たちだ。