【Easter eggs 2020】 レベッカ・ブラウン「体の贈り物」(柴田元幸 訳)

 

食べること、歩くこと、泣けること…重い病に侵され、日常生活のささやかながら、大切なことさえ困難になってゆくリック、エド、コニー、カーロスら。私はホームケア・ワーカーとして、彼らの身のまわりを世話している。死は逃れようもなく、目前に迫る。失われるものと、それと引き換えのようにして残される、かけがえのない十一の贈り物。熱い共感と静謐な感動を呼ぶ連作小説。

                            (「BOOK」データベースより)

      

去年の11月16日に読了したレベッカ・ブラウンの「体の贈り物」のレビューを書こうと思って、

年を越してしまい、さらに2ヶ月近くも経ってしまった。

大好きな本だという記憶のみ残って、詳細はもちろん、心をどう動かされたかを

忘れてしまって罪悪感に苛まれている。

ゆっくりとじわじわと慈しむように感じたい と先送りにしてたらこんなことになってしまう。

まあ、仕方ない。

 

日記に少しずつだけどこの本のことを書いている。

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主人公はホームケアワーカーの女性、おそらく作者レベッカ・ブラウン。

連作小説でそれぞれの短編に「〇〇の贈り物」というタイトルがついている。

「汗の贈り物」「肌の贈り物」「涙の贈り物」「飢えの贈り物」……と11編ある。

11の贈り物の全てが病気のない人にとっては空気のように当たり前にあると思っているものだ。

11月1日に日記に書いている。

トイレでレベッカ・ブラウン「体の贈り物」の連作の一編だけを読む。

主人公はホームケア・ワーカーの女性、何人かのH I V患者のターミナルケアを担当している。

今日、彼女が訪ねたのは男性のカーロスの自宅。「肌の贈り物」という一編。

短い文章の最後の3行がしみる。

シーツを引っ張り上げて体に掛けようとしたところで、彼が私を制した。

「まだ掛けないで」と彼は言った。

「空気がすごく気持ちいい。空気を肌に感じていたいんだ。」

当たり前のことが出来なくなることを静かに受け入れる患者たちと主人公。

静かな晩秋に思うこと多し。

 

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読み終えたのは秋の日の午前中、御前浜にて読了。

 11月16日に読み終えている。

朝、珈琲を淹れて保温マグに詰めて自転車で御前浜へ行く。

ヘリノックスのチェアに坐ってレベッカ・ブラウンの「体の贈り物」を読む。

11章ある短編の最後の一章「悼みの贈り物」と柴田元幸さんの訳者あとがきを読んで読了。

読み終えたい環境を選びたい と思える本は年イチくらいしかない

 

読もうと思ったきっかけは梅田の蔦屋書店に置いてあった「コンシェルジュ文庫」という小冊子。

全国の蔦屋書店の書店員(コンシェルジュ)が選んだ文庫本が紹介されている。

その無料のブックレットで湘南店のコンシェルジュが紹介していた。

語り手の「私」が重病に侵され死を前にした者たちをケアする話ーと紹介すれば、敬遠する人もいるだろう。けれど、そういう人にこそ読んでほしいと訳者の柴田さんもあとがきで書いている。困難や絶望の中にも希望はある。「いま」を生きるすべての人に、意図せぬ贈り物=ギフトの素晴らしさと温もりを。  (湘南 蔦屋書店 八木寧子)

読んだのが書店で、コーナーに平積みにしてあった。

表紙がきれいな文庫本だった。

 

読みながらずっと想像していた。

自分の体から当たり前のものが失われていく。

エイズも、老いも、速度こそ違うが収奪の原理は同じ。

11編を読み終えたときどう思うだろうか?

感情には育ちきれていない何かの思念、静かな息づかいだけが残った。

死を前にして悲しい嬉しい淋しいは無力だと思った。