花びらが散ったあとの
桜がとても冷たくされるように
誰にも心のかたすみに
見せたくはないものがあるよね
こんな歌詞のフォークソング、いや、ニューミュージック(?)があった。
散ったあとの桜がなぜ見せたくない秘密に喩えられたのか?
意味不明である。
雰囲気もので深い意味はないけど間違ってるような気がする。
誰かを 愛したその日には
たとえば ちっぽけな絵葉書にも心が動き
愛をなくしたその日には
街角の唄にも ふと足を止めたりする
ちっぽけな絵葉書って形容はよくわからないけど、恋をした時の心情としてはよくわかる。
同じく失恋したときのビビッドな感受性についてもあるある事例だと思う。
思うにトシを食うってことはこの2つのセンサーが鈍くなるってことなのだと思う。
それは同時に激しい感情の起伏にともなう体力の喪失から身を守る防御本能なのかも知れない。
その分、傷つかなくて済む季節の移ろいに心の琴線をかすかに振るわすのだ。
なんちゃって。
最初にこの歌を知ったのは大学生のころ。
かぐや姫 とか 風 とか伊勢正三が売れていた時代だった。
「ささやかなこの人生」は1976年、大学入学の年。
はるか遠い昔。
決して好きな曲ではなかったけれども今でも歌えてしまう。
流行り歌というのはそういうもので流行れば好き嫌いではなく口ずさめてしまう時代だった。