ぷよねこ減量日記 since 2016

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがいのないその時間 である。 (星野道夫)

2017/8/7 ボブ・ディランの夢

台風5号の襲来で甲子園の開幕は順延。

四国、和歌山に上陸し兵庫県南部や大阪にも暴風警報が発令されたが実感はない。

終日、不安定な天気で、ちょっと強めに雨が降ったり止んだりって感じでした。

この進路図よりも前倒しで夜にはこのあたりの峠は越えていた。

夜、右肩痛の治療でグンゼ併設の整体を予約していたので雨を突いて行く。

筋肉をゆるめる痛いマッサージと電気治療、直後は少し楽になる。

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予想されたことだけど世界陸上から睡眠のリズムが狂う。

エアコンも弱めだけど長時間入れっぱなし、運動もしていないので身体が重い。

amazonプライムでなんとなく見始めた「神去なあなあ日常」(2014)を見終える。

三浦しをんの原作は5年ほど前に読んでいた。

登場人物はほとんど忘れてた。

舞台は三重県の山奥、おそらく台高山地あたりの山村だろう。

その村に長澤まさみ、優香、西田尚美らが住んでいる。

そういえば尾野真千子も奈良の東吉野村出身だった。

山村に美人あり、なのだ。

映画の3人はそれほど不自然でなく溶けこんでいた。

そういえば主人公の元カノ役で清野菜名も出ていた。

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僕がここ十数年 日記によく書いていることがある。

年をとって今や未来よりも過去がずっと良きものに思える、という趣旨のこと。

あのころは今よりずっと太陽は眩しく、空気は冷たく、犬は賢かった、みたいに。(笑)

最近よく昔行った旅について想いをめぐらす。

なんであんな旅が出来たのだろう。

携帯電話もインターネットも無い時代に異国で時刻表をたよりに目的地まで行ったあの頃。

初めての土地の酒場でビールを飲んでいる自分がいる。

不思議な気持ちだ。

そういえば10年以上日本を出ていない。

2007年にウエールズとフィンランドへ旅したのが最後だった。

はるか昔のような気もする。

パスポートもとっくに切れてしまった。

 

折しもA部氏よりメールが届く。

当時ボストン在住だった氏の先輩からのメールが添付されていた。

2012年だからかなり前のもの。

その趣旨も同じく、未来でなく過去に向いている。

ちょっといいので掲載させてもらう。

 

 ■ボブ・ディランの夢■

歳をとったせいか、将来にあまり希望をもてないせいか、

昔のことを思い出すことが多くなった。

音楽でも、近頃は、昔に聴いていたレコードをひっぱりだしては
聴いている。

私は、人生、後ろ向きまっしぐらである。

で、「ボブ・ディランの夢」(原題"Bob Dylan's Dream")という歌がある。

ボブ・ディランの二番目のアルバム「フリー・ホイーリン」に収録されている。

内容は、歳を重ねた男が、むかし青春時代を一緒にすごした友達の夢を見て、

それを懐かしむというものだ。

いま56歳になった私は、この歌に共感を覚えるが、

しかし、ボブ・ディランがこの歌を作ったのは、まだ二十歳そこそこなのである。

なぜ、こんな歌が作れるのだろうか。

ボブ・ディランは天才だとしかいいようがない。ちょっと日本語に訳してみた。

 西部行きの列車に乗っていて、
 疲れて、少し居眠りしてしまった。
 そのときに見た夢で、悲しくなった。
 僕と、昔の友達についての夢だった。

 寝ぼけまなこで見てみると、
 むかし、友人と僕が、よく午後を過ごした部屋だった。
 笑ったり、歌ったりしながら、朝方まで、
 ぼくらは一緒に、いくつもの嵐をやり過ごしたものだった

 帽子掛けのある旧式の薪ストーブの周りに集まって、
 僕らの語り、僕らは歌った。
 別に欲しいものは何もなく、何の不足も感じなかった。
 世の中のことを喋ったり、冗談を言ったり、それだけで僕らは十分だった。

 暑いときも寒いときも、僕らの魂は何かに取り憑かれたようで、
 まさか、僕らが歳をとるなんて、思いもしなかった。
 この先も、ずっと、これまでどおり、
 この部屋に楽しく居られるものと思っていた。
 だが、そんなことができる確率は、百万に一つもないのだった。

 白と黒とを区別するのと同じくらい、
 正しいことと間違ったことを区別するのは簡単だと、あのときには思えた。
 そして、将来は確かなものに、あのころには見えた。
 僕らの旅しているこの道が、
 途中で行き止まりになったり、枝分かれしたりするなんて、
 考えもしてみなかった。

 あれから何度、一年が来て、また一年が去っていったことだろうか。
 そして、幾度、賭けに勝ち、また賭けに負けただろうか。
 そして、いくつの道を友達は通ったことだろう。
 そして、その友達にも、あれから二度と会うことはなかった。

 無駄なこととは知りながら、なんどもなんども僕は祈った。
 あの部屋でまた、ただ僕らが一緒に座っていることができますようにと。
 一万ドルを、ぽんと投げ出したって、ぜんぜん惜しくない
 僕らの人生が、あの時のようなものでありうるなら。

(以上)

あ、ちょっと涙がこぼれてきたので、ちょっと待ってね。
……(うるうる)……。あ、すみませんでした。
英語の歌詞は、ここに載っている。曲のさわりもここから聴ける。
http://www.bobdylan.com/songs/bob-dylans-dream

 

 とのこと。

ディランのこのアルバムは知っていたが「ボブ・ディランの夢」は記憶にない。

20歳そこそこでこんな詩を書いていたのか。

中高年なら誰にでも既視感のある風景が瞼に浮かぶだろう。

 

 白と黒とを区別するのと同じくらい、
 正しいことと間違ったことを区別するのは簡単だと、あのときには思えた。
 そして、将来は確かなものに、あのころには見えた。
 僕らの旅しているこの道が、
 途中で行き止まりになったり、枝分かれしたりするなんて、
 考えもしてみなかった。

 

 あの部屋でまた、ただ僕らが一緒に座っていることができますようにと。
 一万ドルを、ぽんと投げ出したって、ぜんぜん惜しくない
 僕らの人生が、あの時のようなものでありうるなら。

 

一万ドルって価格設定が青年なのかもしれない。

今のディランなら100万ドルだって払える。(でも叶わない夢)

天才は自由に視座を変えられる能力があるのだろう、としか言いようがない。

陽水が「人生が二度あれば」を書いたのも二十歳そこそこだったはずだ。

でも、あれはあくまで想像と観察によるものだろう。

近藤史恵さんがロードレーサーの小説をリアルに書くのに似ている。

でも、ディランのは別ものだ。

長谷川きよしが「別れのサンバ」を18歳で作詞作曲したのに近い。

わかるかな?

 

夕餉は僕の希望で豚の冷しゃぶをしてもらう。

卵焼きや空心菜炒めなど他にもいろいろと作ってもらう。

僕はこれ一品でもいいのだけど…有り難いことです。

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夜にまたamazonで映画を見る。

「闇金ウシジマくん ファイナル」、これでウシジマくんシリーズはコンプリート。

また眠るのが遅くなってしまった。