ぷよねこ減量日記 since 2016

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがいのないその時間 である。 (星野道夫)

「ふたりのビッグショー」 異国のテレビを観ているような

NHKオンデマンドで「ふたりのビッグショー」を観る。

おもに1995年放送分だから30年以上前か…。

加藤登紀子と森進一が「知床旅情」と「襟裳岬」を歌う。

前川清と五木ひろしは同学年、長崎と福井と地方出身の二人、このときまだ40代だ。

二人が「待っている女」を歌う。

リアルタイムで聞いてた頃はこの歌の何がいいのか分からなかった。

でも、いま聞くとなかなかいいなと思える。

不思議だ。

 

去年他界した橋幸夫が舟木一夫がそれぞれのヒット曲をいくつも歌う。

歌詞のテロップが出るので僕もいっしょに歌う。

橋の「江利子」、舟木の「絶唱」ともに女性が死んでしまう悲恋の歌。

🎵 つめたい雨の降る夜に ひとりで江利子は死んでしまった (「江利子」)

🎵 名さえ儚い 淡雪の娘よ なぜ死んだ ああ小雪 (「絶唱」)

江利子と小雪、こういう曲はいま流行らないし、誰も作らないだろうな。

美しく悲しい死をテーマにした曲がヒットするというのはどんな社会現象なのだろう。

かなしいけど、いい歌だね、と人々が惹かれる。

社会学、文化人類学的な考察が知りたい。

 

このとき(放送は1994年)、二人は五十になったばかりだった。

 

二人が「いつでも夢を」を歌う。

🎵  星よりひそかに 雨よりやさしく あの娘はいつも うたってる

橋幸夫が吉永小百合とのデュオでこの曲を歌ったのは1962年だった。

橋は19歳、吉永は17歳。

「いつでも夢を」橋幸夫と吉永小百合- YouTube 

明らかに今の日本とは別の国の出来事に思える。      

 

最後に二人がデビュー曲を歌う。

股旅姿の橋幸夫は「潮来笠」、詰め襟学生服の舟木一夫は「高校三年生」

「高校三年生」は小学生の頃に僕らもよく歌った。

高校生はあこがれの存在だったのだろう。

僕の一族(家族)で高校へ進学したのは叔父さん一人だった。

高校では全国大会に出るほどのサッカー選手だった。

8人の兄弟姉妹で高校へ進学したのはその叔父さんたった一人だった。

一族でその次に高校へ行ったのは僕だった。

(僕の母は高等女学校へ行っている)

 

舟木が「高校三年生」でデビューしたのは1963年だった。

1963年(昭和38年)の高校進学率は約65.1%でした。この時期は高度経済成長期に伴い進学率が急上昇しており、1960年の55.4%から数年で大幅に向上した時期にあたります。

ちなみに当時の大学進学率は12%。

家族(親戚含む)で初めて大学進学したのは僕だった。

なのに…ちゃんと勉強しなかった。

そのことだけはいまだに反省してます。

遅いけど…。

 

〈 2026/4/13 記 〉