フォークシンガーの髙石ともやの訃報が入る。
訃報はいつもyahooニュースからだが、今日はセルジオのLINEだった。
もしかしてマラソンの仕事でインタビューしたかもしれないが、30年以上前で記憶が不確か。
「受験生ブルース」「想い出の赤いヤッケ」「この橋をつくったのはこの俺だ」
どれもラジオかLPレコードで中学生から高校生に聴いた歌。
🎵 いつの日にか君に会えると ずっとずっと信じてた けどもう やめた
歌から思い浮かべる情景は昭和の雪山。
自分ではなく一回り年上の兄姉(いないけど)の青春だ。
このメロディーラインの叙情が、今も当時も僕の琴線をふるわせる。
最初に聴いたとき、赤いヤッケって何のことか分からなかった。
中学生の頃はどんな歌を聴いても一つくらいは知らない単語が入っていた。
好きな歌は「谷間の虹」と「わたしに人生といえるものがあるなら」の2曲だ。
🎵 春になるたび想い出す 花を摘んでた 友の笑顔
谷間の虹を追いかけて 楽しい夢を語りあった
想い出は いつも消えて行くひとつひとつ それでも虹を追いかけよう
郷愁という感情が好きなのだと思う。
若い頃から 未来より過去が好きで、いつも後ろ向きなのだ。
一番好きなのは「私に人生といえるものがあるなら」かな。
若い頃、深夜放送で見た何かのドキュメンタリーのエンディングで使われていた。
🎵 私に人生といえるものがあるなら あなたと過ごしたあの夏の日々
この歌いだしで泣けた。(笑)
自分にも確かにあった。
“人生といえるもの” を自覚した日々。
聞けば元はアメリカのフォークソングだという。
歌詞は訳詞ではなくオリジナル。
笠木透という中津川フォークジャンボリーを作った岐阜のシンガーが書いたものだという。
髙石ともやとナターシャセブンの「わたしに人生といえるものがあるなら」
作詞者笠木氏の歌唱バージョン、英語のFaded Roses(色褪せたバラ)を聞き比べる。