年末に京都に2泊したとき、ホテルからほど近いアップリンクで公開されたばかりだった。
見ようか、と何度も思ったが、結局、年を越してしまった。
スルーしようか、と思い始めたときにこのブログを読んで、いいかも、と腰を上げた。
音が聞こえない女性ボクサーの話。
ボクサーが主人公の映画はここ数年で何本も観た。
菅田将暉とヤン・イクチュンの「あゝ、荒野」、安藤サクラの「百円の恋」
松山ケンイチの「BLUE/ブルー」…未見だけど「アンダードッグ」他にもあるかも。
観た3作はどれも良かった。
懐かしさを感じる昭和の裏町、汗とか血とか食べものとかの 匂い が漂うリアルさがいい。
そして、どれも最近の映画はボクシングの動きがリアルだで嘘っぽくない。
ちゃんとトレーニングしてるのがわかる。
この映画でトレーナー役(松本)を演じている松浦慎一郎という俳優であり、
ボクシングのトレーナーでもあるこの人の指導だろう。
松浦慎一郎 公式ウェブサイト – Official Website for Shinichiro Matsuura
「きみの鳥はうたえる」の三宅唱監督が「愛がなんだ」の岸井ゆきのを主演に迎え、耳が聞こえないボクサーの実話をもとに描いた人間ドラマ。元プロボクサー・小笠原恵子の自伝「負けないで!」を原案に、様々な感情の間で揺れ動きながらもひたむきに生きる主人公と、彼女に寄り添う人々の姿を丁寧に描き出す。
生まれつきの聴覚障害で両耳とも聞こえないケイコは、再開発が進む下町の小さなボクシングジムで鍛錬を重ね、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。嘘がつけず愛想笑いも苦手な彼女には悩みが尽きず、言葉にできない思いが心の中に溜まっていく。ジムの会長宛てに休会を願う手紙を綴るも、出すことができない。そんなある日、ケイコはジムが閉鎖されることを知る。主人公ケイコを見守るジムの会長を三浦友和が演じる。2022年製作/99分/G/日本 配給:ハピネットファントム・スタジオ
街のノイズがしみこんでくる。
ジムでミットを叩く音、ステップの足音、浅草の雑踏、荒川の鉄橋を電車が通過する音。
スクリーンは街のノイズに満たされている。
美しい旋律ではなく、耳障りでもあるノイズが見るものを想像させる。
そして、ケイコにはその音が聞こえていない。
彼女は何を聞いているのだろう。
情感漂う、と表現したらいいのか。
スクリーンを観ながらあれこれ考える。
ああ、これは…辛いだろうな、とか、ああ、ここはそう思うだろうな、とか。
登場人物のケイコになったり、ジムの会長になったり、トレーナーになったり。
「特別な一日」のSPYBOY さんが書いている。
再開発された街並みとは異なる世界は古ぼけてボロいけれど何とも言えない味わいがある。それを見ていると何気ない日常の中にも全て理由があり、ドラマがあることが判ります。
印象的だった劇伴はないので異なる印象を持つ人はいるかもしれませんが、『ドライブ・マイ・カー』に似たテイストだと思います。これ、かなりの誉め言葉です(笑)。
何気ない日常の豊かさを描きながら、登場人物の変化や成長、それに希望を示しているという点ではそっくりだと思う。
派手な映像や美しい映像だけでなく、ノイズと動かない人物。
他人のドラマを見る者が想像すること。
これも映画の魅力だと思った。
劇中、ジムの会長が倒れる。
もともと健康不安(動脈硬化)を抱えて、脳こうそくの前科がある。
「血圧も、コレステロール値もね。血管が細くなっていってるんですよ」
自分を重ねてしまった。
演じた三浦友和の実年齢は70歳だが、おそらく劇中では六十半ばという設定ではないか。
コロナ禍でボクシングジムの経営が苦しくなり、自分も加速度的に年老いてゆく。
最近よく思う例えがある。
僕らは長い行列に並んでいて、並び始めた頃は自分の順番はまだまだだと思っている。
いつのまにか…少し先の見えるところまで順番が迫ってくる。
もうすぐだ。
ここからは早いのだろうな、と思う。
ドーナツ盤と同じで始めの一周は大回りで長いが、終わりに近づくと一周が短い。
あっというまだろうな。
岸井ゆきのの存在感だろうか、演技力だろうか。
神でも、庇護者でもないのに思いやりの心が湧いてくる。
好きだとかじゃなく、幸せになって欲しいと思うのでもない。
ただ、この女の子が 不幸のないように暮らせますように と思わせる。
これは何なのだろうか。
きっとジムの会長もそう思って接していたに違いない。
「才能は…ないですね。ただ…あの子には人間としての器量があるんですよ」
父と娘のような…映画を観ている僕らの同世代はそう思ったのではないか。
荒川や江戸川の風景は、これは東京の物語 と感じさせる要素の一つだと思う。