このところテレビに武庫川団地や周辺の河川敷が何度もテレビに映る。
ひとつはNHKドラマ「拾われた男」に舞台として、これは単なるロケ地としてでなく
実際に主人公の俳優 松尾諭が家族が暮らした街として何度も映し出される。
見覚えのある風景だからすぐに、あ、ここだ!とわかる。
そして、きのう甲子園ライブの音楽ドキュメントにも武庫川河川敷が登場した。
同じNHKのMUSIC SPECIAL「あいみょん 〜夢の答えあわせ 」
松尾諭は小学生の頃に武庫川団地(通称レインボー団地)に引っ越して来て、
小学、中学、高校と団地内にある学校に通い続けた。
あいみょんは松尾と同じ団地内の高校に入学するも中退した。
僕は30歳のとき、1987年4月に団地の一号棟のワンルームに越してきて、
1998年に結婚するまで12年間暮らした。
いわゆる風呂なしトイレ共同のアパートから初めて風呂付き鉄筋のマンション。
電話を引いたのも武庫川住宅が初めてだった。
あの12年間はいろいろあったけど、自由だったなあ、と思う。
今が不自由なわけでもないけど。(笑)
いま思えば、その先、の時間が持て余すほど残っていた。
それは危険と隣り合わせなのだけど。
もっと、もっと、もっと、自分を制限せず、失敗すればよかったと少しだけ後悔がある。
それでも自由に生きていた。
フリーになった頃と重なり、その間、四国への出稼ぎも、何度も海外旅行へ行き、
昭和から平成へ、そして阪神淡路大震災も経験した。
(あいみょんは震災の年に生まれている。)
青春時代というにはには少し遅いようだが、独身時代を過ごした楽しい時代だった。
武庫川団地を改めてテレビの画面で見るとひたすら懐かしい。
この本で団地内に2つの小学校、中学と高校が一つあったことを初めて知る。
(実際には小学校が2つ、中学校も2つあった。)
生徒は全て団地の子で、その中でも公団の賃貸や分譲があり、
25畳くらいのオサレなワンルームもあって、学校内でヒエラルキーもあった。
独身生活の僕には無縁だったが。
【 12.01 日録 】
月始めでいろいろと整理したりすることが多かったが、昼過ぎに宅配でアンプが届いて、
そのセッティングに四苦八苦して、やるべきことを後まわしにしてしまい、積み残す。
セッティングとレコードプレーヤーの針がヘタっていることに関しては明日の日録に書こう、
寒い一日で運動はまったくしなかった。
NHK「あしたが変わる トリセツショー」を観ていたら、血管をやわらかくするには、
血管伸ばしのストレッチをして、各ストレッチに30秒インターバルをおくのがいいとあった。
握力にぎにぎも同じ原理で血管の柔軟性を高めるという。
そういえば精神的なストレスが血管に悪いのはずっと緊張しっぱなしのせいなのだろう。
夕食は豚肉とほうれん草のみぞれ鍋。
そのあと観た「あいみょん 〜夢の答えあわせ〜」
馴染みの土地やそこで育った彼女の言葉に引きこまれてしまった。
「私が歌手になりたいと言ったら笑われた。そんなことする暇があったら勉強しろと」
そして、高校中退、いわゆるドロップアウト。
歌を作り歌い続け10年後、甲子園を満員にする。
分かりやすい挫折と成功のストーリー。
僕が十代や二十代前半だったら、きっと感化されて一念発起して…。
どこかへ旅に出ていただろうか。(笑)
でも、もうこんなトシヨリになっちゃったから感化はされない。
よかったね、と思う。
でも、人生って時間の長さじゃないんだよね。