【 09.30 日録 】
若くて無理が効くときは休みなんてとらずにがんばって働いてお金を貯めておこう。余裕のある老後を迎えられたら海外旅行や映画や本やコンサートへ好きなだけ行けばいい。それまではひたすら我慢するのだ。豊かなリタイア生活が待っている……という考えは、誰に言われたわけではないけれど、アリとキリギリスのような教訓として、若い頃によく聞いた。
65歳の今になって痛感する。この考えは90%くらい間違っている。人は老いる。老いると体力が著しく減衰する。若い頃にイメージするのは若い自分が若い身体でそのまま老後を迎えるという浅はかなものだった。そりゃ楽しいよね。仕事はしなくていい。時間は好きなだけある。国内や海外を飛び回って、おいしい酒を飲み、絶景を見たり、アルプスに登ったり、やりたいことを詰めこんで1年2年と過ごすのだ。でも、それは無理だとわかったのは自分が何歳くらいだろう。
現実は…違った。経済的に安定していると仮定しても豊かなリタイア生活とはいかない。加齢が自分に何をもたらすか、ということを失念していた。というか、経験したことがないのでイメージ出来なかった。現実は、山登りする体力が失われ、映画や本を愉しむにも目がしょぼしょぼ、集中力も長続きせず、おいしいものを食べようにも消化機能が追いつかない。海外を旅する身体的機能が半分くらい失われている。おまけにコロナ禍という想定外の出来事が起こったりする。
自分はそれなりの若い頃を自由に楽しめたという自覚は…ある。それでも少し後悔もある。旅だけではなく、人生(進路)の選択を含めて、なんであのときに一歩踏み出せなかったのか? 二十代三十代、体力(回復力)が無尽蔵にあるかに思えた頃、あれは凄いアドバンテージだったのだ。もっと遊んでおけばよかった、と好きに生きてきた自分でさえ思う。開高健も言っていた。「グラスのふちに唇つけたらとことん、一滴残らず飲み干しなさい。あとで戻ってきても、もう滴は残っていない。今のうちに飲みつくしてしまいなさい。」
以前、ネットで「死ぬ前に後悔したくない20のコト」が並べられていた。外国の記事の翻訳だったように記憶するが、その記事はnot found になっている。それを読んで2014年の日記にこう書いた。
20ある中で強く響いたのはこの5つ。
1. 他人がどう思うか、気にしなければよかった
3. もっと他人の為に尽くせばよかった
4. くよくよと悩まなければよかった
7. あんなに不安を抱えながら、生きるべきではなかった
9. もっと思い切って冒険をすればよかった
今となっては後悔している場合ではない。あすは今より元気になる確率は低い。今が一番若い。結局はここに落ち着く。
9月が終わる。10月からジョギングを再開しようと思う。
午後からロードバイクで市内散策。ゆげ焙煎所からハガキが届いていてコーヒーが一杯無料なので店内でケニアをフレンチプレスでいただく。コロンビアのゲイシャといつものエチオピアを100グラムずつ買う。200グラムで2200円とは贅沢な。その価値が味でわかるか?といのは正直なところ。カルディあたりで200グラム1000円くらいの豆とか、スーパーで買う小川珈琲のモカブレンド400グラムで700円とかとの違いがイマイチ分からないのです。塚口へ「キングメーカー」を観に行こうとしていたのだが、上映時間を間違えていた。替わり西宮ガーデンズで新幹線活劇「ブレットトレイン」を観る。水野家のミンチカツサンドは売り切れていたのでイズミヤでちくわパンなるものを買い、微アルのビアリーと映画の友とする。19時前に帰宅。いか素麺だったので、久々に日本酒を吞む。パリーグはマジック2のソフトバンクが勝ち、オリックスが負けるか引き分けで優勝が決まる。ソフトバンクは先に勝って待ちの状態、オリックスは同点のまま9回裏、バントヒットでサヨナラ勝ち、優勝は持ち越される。
寝る前に動画編集、そのあともiPad Air でなんやかんやしてたら就寝が2時近くになる。こうなると明日の動きに影響するのだ。トシヨリは日付変更線前に布団に入れ!