2021/03/31 Wed. the last day of my life あるいは “わたしに人生といえるものがあるなら”

 

If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?
「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日これからやろうとしていることをやりたいだろうか?」

 

1月の後半から自分の余命が3ヶ月であると仮定した。

人生の残り時間をあえて限定すると、僕はどう生きるのか? という実験的マインドセット。

やりたいこと、やるべきことを先送りにしてしまう怠け心に歯止めをかけようという意図。

もう出来ることは限られている。

口をつけられるなら、ためらいなく飲み干そうということ。

それで代謝(活動量)も増えた。

やりたいこと、可能なこと、不可能なこと、やるべきこと、先送りにすること。

限定するとこれらの選択もしやすくなった。

もちろん、それなりに仕事もあるので思った通りには進まない。

当然、積み残しはあるし、これは限定してもしなくても同じ。

“余命システム” は評価出来ると思う。

で、その仮定によれば…きょう3月31日は人生最後の日。

人生最後の日は旨し酒と料理で享楽的に過ごそう、

あるいはどこかの温泉で心静かに過ごそう、

あるいは日常通りのルーティーンで近所を散歩して…とかも選択できる。

人生最後に何を食べるか?最期の晩餐みたいで面白い。

そう考えると楽しい。

でも、今回は気がつけば最期の日だった。

ま、終わりは突然やってくるものだ。

次、余命を3ヶ月更新出来たら6月30日をどういう日にするか、

それを考えると楽しい。

 

で、覚悟のないまま、きょう3月31日をどう過ごしたか?

目覚めたら快晴、あたたかな春の朝だった。

たまたま眼鏡堂氏からセンバツのチケットを譲ってもらい甲子園で高校野球を観戦。

準決勝の2試合を観たかったが、あいにく仕事の日で一試合だけで出勤する。

ポスプロのチェック、手直しをして、西宮へ戻り映画を観る。

缶ビールとミンチカツサンドの夕食を食べながら「ノマドランド」@TOHOシネマ西宮。

成城石井でウイスキーのおつまみを買って、9時過ぎに帰宅。

WEBの「ノマドランド」のレビューを読みながらバランタイン17年を飲む。

これが最期の一日。

図らずも、悪くないラストデー・オブ・マイ・ライフ。

 

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ハルノヒの内野特別指定席 ♫ どんな未来がこちらを覗いてるかな

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大きなスクリーンで観る最後のアメリカ ♫ わたしに人生と言えるものがあるなら

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酒はバランタイン17年、グラスはバカラのアルクール つまみは削りチーズと烏賊煎餅

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眼鏡堂氏に譲ってもらった特別内野指定席。

指定は出来ないはずだけど、すごく観やすいシートだった。

しかも、隣との距離は開いているし、3席だったのでヒロとの間にも一席荷物置きスペースあり。

甲子園で高校野球を観るのは2年ぶりになる。

ブラスバンドの演奏はないけど、録音を流してて、それなりに臨場感はある。

太鼓は持ち込めたみたいで録音に合わせて叩いている。

準決勝第1試合は東海大相模と天理、第2試合は中京大中京と明豊、地域は散けた。

 

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今までなら無料の外野席も指定らしい。指定を手前に固めてる。意味ある?

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内野席も指定、適度にバラけてはいる。

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東海大相模のトップバッター門馬が大当たり。

すぐ後ろの席のグループがずっとしゃべっててうるさい。

話のイントネーションで名古屋エリアからとわかる。

第2試合に中京が出るだからおそらく名古屋からの遠征だろう。

第1試合は最少得点で進む。

後ろのおっさん(おそらく40代から50代)は東海大相模打線を買っている。

特にトップバッターの門馬に回りそうになると…

「カドマはいいバッター。カドマに回したらあかん」と要警戒。

「ああ、カドマに回っちゃったわ。カドマは引っ張るよ、レフト線に。絶対打つよカドマ。」

天理のバッテリーは外角勝負だ。

「内角はあかん。レフト線に持ってかれる。いいバッターだからなカドマは。」

天理は何とか抑えきった。

次にまた門馬に回りそうになると…

「カドマ、またカドマだ、打つでえ」

そこへ球場アナウンスが入る。

「一番レフトもんま君、一番もんま君」

「……あ、もんまか…」

蚊の鳴くような声が聞こえた。

ヒロと顔を見合わせて笑った。

「ずっとうるさいなと思ってた。門馬をずっとカドマカドマって言ってて、

 門馬は門馬監督の次男で、けっこう評判になってたから知ってたんでずっと笑いを堪えてた」

とあとで話す。

「…あ、もんまか…」

笑った。

 

第2試合も観たかったけどタイムアウト。

出社して、ポスプロ編集のチェックと手直しをする。

さっと切り上げて西宮まで戻り、自転車でガーデンズへ。

水野家でミンチカツサンド、イズミヤで缶ビールを買う。

「ノマドランド」はずっと大きなスクリーンで観たかった。

厳選して観ている今年、これで6本目の劇場鑑賞。

 

「ノマドランド」@TOHOシネマ西宮

「スリー・ビルボード」のオスカー女優フランシス・マクドーマンドが主演を務め、アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちの生き様を、大自然の映像美とともに描いたロードムービー。ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド 漂流する高齢労働者たち」を原作に、「ザ・ライダー」で高く評価された新鋭クロエ・ジャオ監督がメガホンをとった。ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で、長年住み慣れた家を失ってしまう。キャンピングカーに全てを詰め込んだ彼女は、“現代のノマド(遊牧民)”として、過酷な季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることに。毎日を懸命に乗り越えながら、行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね、誇りを持って自由を生きる彼女の旅は続いていく。2020年・第77回ベネチア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞、第45回トロント国際映画祭でも最高賞の観客賞を受賞するなど高い評価を獲得。第78回ゴールデングローブ賞でも作品賞や監督賞を受賞。第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など6部門でノミネートされる。

2020年製作/108分/G/アメリカ 原題:Nomadland 配給:ディズニー

 

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大きなスクリーンにアメリカの大自然が映し出される。

マイハウスと主人公のファーンが呼ぶキャンピングカーがその中を走って行く。

いいなあ。

思えば、僕も五十代まではアメリカをドライブした。

ハワイ島、アラスカ、ニューイングランド(東海岸)…。

今思えば、よくぞ一人で異国をドライブしたものだと思う。

老化とともに勇気もしなびていく。

 

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チェアとテーブルと珈琲さえあれば、そこが自分の庭。

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フランシス・マクドーマンドはおそらく同い年だったと思う。

 

長く暮らしたホームタウンが消滅して廃墟となった。

夫にも先立たれて家もなくなった。

「ホームレスじゃないの、ハウスレスなだけ」とファーンは思い出とともに生きる。

映画を観ながら脳内に再生された曲がある。

ナターシャセブンの「わたしに人生といえるものがあるなら」だった。

私に人生といえるものがあるなら あなたと過ごした あの夏の日々

きらめく草の葉に 心がはずみ 野に咲く花に 心が通う

許されるのなら やりなおしてみたい できることなら あの日に帰りたい

私に人生といえるものがあるなら あなたと過ごした あの夏の日々

原曲はアメリカ民謡で「Faded Roses(色あせたバラ)」というらしい。

フランシス・マクドーマンド演じるファーンをずっと観ながらこの歌の訳詞が浮かんできた。

ファーンは今の自分と同い年、アメリカの同級生たちの人生を見てるようだった。

ネバダ、ニューメキシコ、カリフォルニア、レッドウッドの森、北西部の海岸…。

「人生は思い出があればいい」

最近、若い子にそう言ってしまったことを思い出す。

 

映画としてはアメリカの高齢者労働の実態を描くという意図もあったのだろうけど、

同世代として感じたのは「思い出が宝物」という感慨でした。

まあ、そういう年齢だということです。

 

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いい出会いもあるけれど…。

 

若い頃、世界を旅して、旅こそ人生 という人たちにも会った。

そういう生き方に憧れたけど出来なかった。

 

生活はカツカツだろうけど、映画のファーンの暮らしがうらやましいと思う。

憧れると同時に不安もある。

正直、体力が、自分の健康が…心配だ。

 

ブログ「一日の王」の人が同じ感想をアップしていた。

 少しだけ気になったのは、本作が、きわめて(人生の)理想形に撮られていたこと。
原作者も監督もまだ若いので、高齢者のことがどこまで理解できていたのか疑問が残る。
前期高齢者の私でさえ、体調が万全の日が次第に少なくなってきている。
腰が痛かったり、肩や膝関節が痛かったり、歯や内臓の調子が悪かったり、
毎日、どこかに不具合が生じているのだ。
それを「だましだまし」生活しているのが高齢者といえる。
なので、ホームレス生活ではないにしても、車上生活はかなり堪えると思う。
外から見られているのではないかという恐怖もあるだろうし、
女性ならなおのこと、強盗や性犯罪に対しての恐怖もあるだろう。
真に安眠できる日は少ないだろうし、
外的要因に伴うストレスはかなりあると思うのだ。
私自身に照らし合わせてみれば、
期間限定でキャンピングカーで旅をするのは「有り」だが、
それが死ぬまで続くとしたら、「否」だろう。
私は「ノマド」にはなれないと思う。

このブログを書いている方は僕よりちょっとだけ年長だ。

まさしく、映画を見ながら憧れて…でも、出来ないなと思ったのはこういうことだ。

でも、まあ、映画の本質を損なう問題点ではないと思う。

同じレビューでこんなことを書いている。

ある人物(ノマド)から、
「この生き方が好きなのは“さよなら”がないからだ」
と言われ、
「See you down the road」(また路上で会おう)
という言葉を教えられる。

 

あるとき、ファーンは、父親から言われた「思い出は生き続ける」という言葉を思い出すが、
〈でも、私の場合、思い出を引きずり過ぎたかも……〉と述懐するシーンがある。
“さよなら”を言うことは、悲しいし、淋しいし、切ないことである。
だが、“さよなら”を言わないと、先に進めないこともある。
ファーンの場合、その“さよなら”を言ったときに、旅の終着点が見えるのではないかと思った。

長い旅をしていると「See you down the road」と言って別れる場面に何度か遭遇する。

実はそれこそが長い旅の醍醐味であり、人生の真実なのだと思う。

旅の中だと、ちょっとした数日間の出会いでも感傷的になるものだ。

 

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ファーンが30年以上住んだ工業都市エンパイヤのことを思った。

最近、産業遺産に惹かれる理由は、ちょっとだけ前の思い出が詰まっている場所だからだでは?

歴史上の出来事になる前、半生のレガシー(遺産)。

 

帰宅して最期の晩餐、ではなく最期のウイスキー。

上等のバランタイン17年とブラックローゼス。

いい人生でした。

あした生きて目覚めたら、また3ヶ月余命を更新します。