ぷよねこ減量日記 since 2016

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがいのないその時間 である。 (星野道夫)

2021/01/20 Wed. 「ぎょうざの満州」で満州を思い出す。

散髪代を節約しようと年末にヒロにカットしてもらった。

その髪が野放図に伸びてきた。

どうしてもバランスが悪い。

トシヨリは髪はちゃんと小ぎれいにしておくべきだと思う。

これでもまだ働いているのだ。

そろそろ散髪へ行こう。

 

食卓が旅館の朝食っぽい。

鰺の干物、小松菜とベーコン炒め、高野豆腐の卵とじ。

味噌汁の具は玉ねぎと薄揚げと麩、ご飯は五分づき米。

あじの開きが極上の旨さ。

たっぷり脂がのってほどよい塩味。

当たり外れがあるが干物は旨い。

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朝食 あじの開きが美味なり。

 

出社してポスプロ編集のチェック、手直し、予告動画のアップ。

午後5時前、まだ日があるので大阪城を走る。

ランベースのロッカールームを独占、ゆるジョグでメインコースを一周する。

ランナーの姿はちらほら、堀に白黒ツートンカラーの鴨、キンクロハジロが浮かんでいる。

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最近いろいろと城跡巡りをしてるけど一番近い大阪城は規模が違う

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キンクロハジロだろうか…。

 

そういえば半藤一利さんが亡くなった。

昭和史といえば半藤氏だ。

「日本のいちばん長い日」は読んでないけど映画は岡本喜八版も原田真人版も見た。

何冊か本も読んだが最近では宮崎駿さんとの対談集「腰抜け愛国談義」が面白かった。

ラジオで小田嶋氏が「半藤さんというのはかつては保守派の人だった。でも、ここ20年くらいは

右派(ネトウヨ)の攻撃対象となっていた。半藤さんは何もぶれたところはなく、かつての戦争で

日本はこんなことをして、こんなことになったと自らの体験と見聞きしたことを伝えただけなのに」

と、この20年くらいの日本の変質を指摘していた。

右傾化というよりも、歴史修正主義者による悲しき劣化なのだろう。

「国民的熱狂は作ってはいけない」と半藤氏は言っていたという。

スポーツの世界でさえ、無批判なこの手の一億総礼讃が起きると僕は冷める。

腰抜けなくせにへそ曲がりなのだ。

 

 

夕食は何が食べたいのか飲みたいのかわからなくなる。

走ったからしっかり食べてもいいだろう。

以前、パリッコの「つつまし酒」という本に「ぎょうざの満州」で飲むという話が載っていた。

京橋駅の近くに満州はある。

行ったことがないので行ってみた。

このご時世、ガラガラでした。

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チャイナカラーの店構え。僕が入る前はガラガラだったけど…。

 

サイゼリヤと違って税別価格の表示なので一見安いけどそこそこ使ってしまった。

グラスの生ビールは320円、だけど実際は352円、つまみのねぎ叉焼は250円だけど275円。

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ねぎチャーシュー275円、生ビール(グラス)352円、税込みにするとこうなるか。

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炒飯(小)と餃子のセット726円 小盛なので22円引き

あれは1999年だったか。

テレビ大阪で「そらこん」という全日空提供の旅番組があって一本演出をした。

行き先は満州、大連と瀋陽に一泊ずつしてロケをした。

瀋陽に泊まった日はちょうど満州事変の日、9月18日だった。

泊まった高層ホテルから見下ろした夜の瀋陽(かつての奉天)の街は騒然としていた。

瀋陽では5階建てくらいのビルがまるごと餃子レストランというところを取材した。

中国のパワーをじんじん感じたロケだった。

見るもの全てが発見の連続で旅先としては沈滞した欧米より刺激的だった。

彼の地を旅行者として旅してみたいとも思うが今やパワー不足、数日で倒れそうだ。

すでに20年以上前の満州ロケ、半藤一利の「ノモンハンの夏」(未読だけど)

きょうざの満州でそんなことを思い出しながら餃子を食べた。

 

気がつけば次々と一人客が入ってきた。

ラストオーダーは7時半、閉店は8時。

コロナ時短かけ込み客か。

ああ忙しない。