2020/05/08 Fri. 英朗と春樹

奥田英朗『罪の轍』新潮社を読了。

 

圧巻の587頁、久々に読み応えのある犯罪小説でした。

ヒロが一気読みして「これ凄かったよ」と。

コロナの家ごもりでたっぷり時間をかけて読みました。

いやあ、奥田英朗さん、凄いわ。

「オリンピックの身代金」と同じくの1964前の東京を舞台にした警察小説だけど、

この「罪の轍」はより胸に迫る。奥田さん腕を上げたわ。

残り50頁になり、おもむろに濃いニッカウヰスキー「余市」をオンザロックで傍らに置く。

聴いていたamazonラジオからマイルスの It's Never Entered My Mind  のミュートソロが流れ出す

鳥肌が立った。

 

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ハスキー犬のモルは読書が好きだ。「罪の轍」を読むのは二度目らしい。

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「このあと寛治はねえ、逃げるんだよ」とかネタをバラすので困る。


小説のベースとなったのは吉展ちゃん誘拐事件。

1963年、事件当時4歳だった。

僕は6歳、小学校入学したばかり、この事件は文字通り世の中を震撼させた。

僕も子ども心に誘拐という犯罪を怖がってた記憶が残っている。

学校の帰りに道草してして、小さな町工場がある路地に迷い込んだ。

暗い家で内職みたいな事をしているのが見えた。

顔も見えない暗がりから大人が小一の僕に声をかけてきた。

「坊、こっちおいで」

恐くなって一目散に逃げ出した。

 

クレジットを見て驚いた。

カバー写真:渡辺雄吉「張り込み日記」よりとある。

この写真集は手元にあり、何度も見ていた。

ああ、これか…。帯にもあるように「

すべてホンモノ」のドキュメント写真なのだ。

黒澤映画でいえばリアル「野良犬」なのだ。

「罪の轍」に登場するたたき上げの老刑事と若い刑事のコンビは写真集に登場するコンビそのものだ。

 

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村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき 』読了。

 

580ページ超の「罪の轍」を読んだ後は101ページの短い本で冊数を稼ぐ。

村上春樹が90歳で亡くなった父親について語った一編です。

題名の「猫を棄てる」は父と猫を棄てにいった幼い頃のエピソード。

猫を棄てた香櫨園浜は僕の自宅から徒歩1分のところにある砂浜で、

コロナ時代の今は家族連れが散歩したり、エネルギーの余った若者たちが

ビーチバレーやビーチサッカーやラグビーに興じるエリアになっていて、

とても猫なんて棄てられる雰囲気ではない。

そういえば…香櫨園浜の向かいにある西宮浜という人工島の

コンクリート護岸に20匹くらいの野良猫が住み着いていて、

その群れが散歩する人たちのインスタの被写体になっている。

村上家が棄てた猫の末裔かも知れない。

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ま、春樹さんが子どもの頃にはまだ西宮浜はなくて、

だだっ広い大阪湾が広がっていたんでしょうけど。

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いまの香櫨園浜はこんなところです。猫を棄てることは出来ない。


猫を棄てる という行為について春樹さんは書いている。

「…いずれにせよ当時は、猫を棄てたりすることは、今にくらべれば当たり前の出来事であり、

とくに世間からうしろ指を差されるような行為ではなかった。

猫にわざわざ避妊手術を受けさせるなんて、誰も思いつかないような時代だったから」(本文より)

そうなんですよね。僕にも覚えがある。

 

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動物愛護という精神はもちろんあったけど、まあ、猫は猫、犬は犬だったような気がする。

「あ、このミケ、ようさん子を産んだでしょ」

「そうなんだよね。飼えないんで裏山に捨てて来たわ」みたいな感じ。

戦前は次男とか三男とかは、食い扶持を減らすのと、

需要と供給の原理で普通に他家に養子に出されたような時代だった。

人間もペットも今よりぞんざいに扱われていた。

ぼくの嫁の父(義父)も幼い頃に養子に出された。

もらわれた家で働き手として稼ぎをあてにされ、ずっと自分が養子であることを知らなかった。

戦争末期に徴集された時、このまま死ぬのは可哀想だと、実は…と本当のことを知らされたという。

 

本の話に戻す。

春樹さんの父親は村上千秋さんと言い京都の僧侶の次男、仏教の専門学校(いまの東山高校)を出て、京都帝国大学へ進学、大学院まで出た。20歳のときを皮切りに3度戦地へ赴き、中国戦線では心にトラウマを抱えるような経験をした。過酷な時代を生き抜き、戦後は教師として働き一人息子の春樹さんを育てた。春樹さんが作家になってから父と子の関係はほぼ断絶し、20年以上も顔を合わせることなく春樹さんが60を越え、千秋さんが90を越えたときに京都の病院で和解らしきことになった。そんな話が101頁に書かれている。

この本を読みながら僕も父親のことを少しだけ思い出した。

村上千秋さんは読書が好きで、春樹さんは少なからず影響を受けたとある。

ふと記憶をたどると…僕の父親 満(みつる)さんが本を読んでいる姿を見たことがない。

そもそも育った家に大人が読む本は一冊もなかった。