いよいよ日記のアップデートが滞ってきた。
コロナ時代のテーマは “歩いて近所の山に登る”
サクラ並木の尾根、生まれたての緑、咲き誇る八重のツバキ、間近に見える春の海。
山と海、ともに近いロケーションに感謝。
コロナうつの頭で考えてみた。
いったい自分は新型コロナウイルスとどんな関係にあるのだろう?
症状は全くない。
ここ数ヶ月、身体的には普段以上に元気だと思う。
可能性としては4つ。
① COVID-19 にはここまで触れた(吸い込んだ)こともない。
② 感染して軽微な症状は出たが身体に抗体で生まれた状態。
③ 吸い込んだりもしたが自己免疫力で撃退してしまった。
④ 発症しないが完全に撃退してなくて今しばらくは体内で生きていて他に感染させる可能性あり。
⑤ 潜伏期間(いずれ発症予定)
これだけでも教えてくれないか、と思う。
軽微な症状で抗体が出来るのかは知らないけど、そうであったらいいなあと思う。
選べと言われたら②を選ぶ。
心配なのは⑤だ。
4月3日、C.W.ニコルさんが永眠。
もちろん個人的な面識はないけど、影響を受けた先輩の一人でした。
つい先日、著書を処分したばかり。
一冊くらい残しておけば良かったとちょっとだけ後悔。
一枚だけ何と氏のCDを残してあった。
個人的に印象に残っているニコルさんの台詞がある。
「ぼくはまだ五十二歳ですよ」
この台詞を聞いたとき、僕はまだ三十になったばかりの頃だった。
五十二なんていい歳じゃないか、と思った。
自分が五十二歳になったときにふと思い出したのを覚えている。
そして、僕の五十二はあっという間に過去の出来事になった。
「ぼくはまだ六十三ですよ」
ニコルさんならおそらく言っただろう。
死因は直腸がん。
享年七十九。
直腸がんで思い出した。
宮城の米ファーマー佐々木さんも障がい者野球日本代表になったのは五十二歳のとき。
背番号も52だった。
その後、佐々木さんは六十半ばで直腸がんを患いストーマ(人工肛門)となった。
でも、いまは元気に復活して農作業に励んでおられる。
ニコル〜五十二歳〜直腸癌〜佐々木さん つれづれに思う。
「THE FLU 運命の36時間」を観た。