ぷよねこ減量日記 since 2016

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがいのないその時間 である。 (星野道夫)

2020/02/23 Sun. リマインドが止まらない。

(2/23の続き #六十三人生大整理 )

 

写真の処分に続き、封書、ハガキ、年賀状を仕分けした。

この作業を最後に自分はこの世からいなくなる、という想定でやってみた。

思い出すという愉しみもあるが、これも一旦整理しないと苦痛になってくる。

ブツと同じく頭の中がカオスになって、痒い状態になってしまう。

思い出も整理したいと思う。

捨てること=クリーンにすること。

今日は日記やスケジュールノートにも着手した。

手書きの日記、手書きの旅の記録ノートはすべて残しておこうと決めた。

年代別にひとつのボックスにまとめて、死んだらそのボックスごと捨ててもらおう。

スケジュールノートは全て廃棄とした。

食事を記したノートは一冊だけ減量に成功した期間のものだけを残した。

 

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紙焼きの写真はこれだけ小さなボックスに収めた。

上の写真は独身時代が中心、まだ結婚してから完全デジタル化するまでの写真は手つかずだ。

これは二人で思いだしながら整理していこう。

すべてアルバムに整理してあるので要らない風景写真とかを厳選して数冊にまとめる予定。

楽しい作業になればいい。

 

郵便物の整理&処分はこの週末で終えた。

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絵はがき類も処分した。封書、年賀状も含めてこれの倍以上はあった。

 

こんなことあったんだ。

そういえば…。

 

こんなことあったんだ。

そういえば…。

時にシリアスな手紙もあった。

母が還暦になったときの借金の依頼が封書で届いていた。

国民年金を後納したいとの旨。

すっかり忘れていた。

母は60になる年、僕は36だったはず。

余裕があったのでおそらく用立てしたはずだが忘れていた。

「毎月仕送りしてもらってて申し訳ありませんが…」とあった。

いやいや、こちらこそ、と今は思える。

 

毎週のように届いた絵はがき。

それに費やされた膨大な時間を思う。

(切手代だってバカにならない)

地球を半周して届いた手紙。

当時今の自分くらいの60過ぎの人はおそらくもう死んでしまっただろうか。

英国のリバプールから何年も届いていた老夫婦からのクリスマスカードもいつからか途絶えた。

当時は取材先の人とも手紙で連絡をとりあってたことを思い出す。

昼休みにランニングしていた郵便局勤めの女性や、越乃寒梅」の一升瓶を送ってくれた新潟の塾の先生。

いまはそれもない。

SNSの時代になってしまった

発見が、いやリマインドが止まらない。

 

捨ててしまった後悔も含めて断捨離だ。

#六十三人生大整理

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封書、絵はがき類はこれだけ。

日記をぱらぱらと読み返す。

高校生のころはまだしも二十代の頃はサイテーだなと思う。

世間に対しての呪詛のようなもの埋められている。

とても見せられない。

世間への呪詛を綴っていた頃、自分にこんな時代があったのかと呆気にとられた。

これこそ最初に捨ててしまうべきものだと思うが、捨てなかった。

 

わが分身であるがゆえか…。

 

 

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手書きの日記からパソコンに移行したのはPowerBookを買った頃だ。

1997年の春にハワイ島へ旅行に行ったときにPowerBookを持っていった。

そのあたりから、たまに手書きに戻ることがあっても、日記もデジタル化した。

 

2003年から cgi boys というサービスで「ぷよねこ減量日記」を始めた。 

2004年から毎日更新、ほぼ毎日更新となる。

 

日記を公開するという暴挙!

 

公開してしまうといいこともある。

少しは他人に読めるように書く。

それはあとで自分が読み返すときも助かる。

 

2009年5月からcgi boys のサービス終了にともない今の hatena に移行した。

いわゆる読ませる記事ブログとしてでなく、極私的な日常を綴るダイアリー。

最大の効用は自分の中のダークサイドが自然と狭まっていったことだろうか。

 

そして、なによりも 書いたように生きる ことが出来る ようになった気がする。

先人の言葉にある。

「考えたとおりに生きなさい。そうしないと いずれは、生きたとおりに考え始めてしまうから」

 

生きたことを書くのが日記だけど、ぷよねこ日記に書けば、実現するのではないか。

現実はそうでもないのだが、その手助けとなるツールにはなっていると思う。

こうして #六十三人生大整理 に手をつけたのもその効用のひとつ。

 

老いぼれなりにも、新しいフェーズに進みたい。