ぷよねこ減量日記 since 2016

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがいのないその時間 である。 (星野道夫)

2018/12/11 宮田八郎さんと穂高と摩耶

きょうは主にこのブログの話をしようと思う。

毎年寒い季節になると、この清冽な山だよりを読んで、遠い冬の穂高に思いをはせていた。

突然、書き手がいなくなった。

その人の言葉が聞けなくなった。

 

いまは亡き人の奥さまがぽつりぽつりとつぶやくように山の四季を伝えてくれる。

これもいい。

 

誕生日だからといって還暦夫婦なのでホールケーキが食べられるわけでもない。

せいぜいショートケーキを2種類買って夕に一個を分けて食べ、翌朝にもう一個を半分分けする。

てんの誕生日用に昨日はクリームデニッシュを半分食べた。

今朝はチョコレートのテリーヌ。

濃厚なので一口サイズの4分の1ずつ食べる。

年老いても、少量でも、おいしく感じられる幸せ。

ね、てん。

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オレンジとチョコは合う。

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薄曇り、ときどき日が射す。

きょうは関西各地でも初霜が観測された。

空気は冷えているけど風がないので辛くはない。

いつもより一枚多く着こんでニットキャップで走る。

 

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海辺を歩くひとびと。

長い旅をしているみたいだ。

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1.5キロ+5.0キロ+1.5キロ

5㎞に33分くらいかかる。

キロ6分半ペース。

息が荒くならないこれくらいペースで長い距離走れたらいい。

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朝昼兼用食に生春巻き。

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図書館に本を返し、尼崎のユニクロで期間限定価格で買った商品を引き取る。

シームレスウルトラライトダウンのパーカー、色はグレー。

着ると他のウルトラライトより少し厚手、インナーだとかなりの防寒になる。

若者ならフィットした M だろうけど、おっさんなので L にした。

使い勝手がいいのでセールごとにウルトラライトが増殖する。

5年以上前から使っているモンベルのベスト、我が家では亀と呼んでいる。

おととしバースデーに買ってもらったジャケット、

去年はインナー用の襟のないジャケットとベスト、

今年になってグレーのベストと今日のパーカー。

薄手のダウンが6着もある。

ま、かさばらないし。

 

編集チェックを2本。

どちらも低調な出来上がりです。

近鉄に取材申請のメールを出す。

選手資料をプリントアウトする。

 

今日は上映会がある。

場所は灘区民ホール。

灘警察署の向かいにある。

六甲道と新駅の摩耶の中間地点。

摩耶駅から歩く。

雨が降っている。

買ったばかりのウルトラライトダウンパーカーを着て、その上に撥水のレインコート。

完璧。

 

「宮田八郎さん ありがとう上映会」

30分ほど遅れて入場する。

宮田さんとは面識はない。

数年、彼のブログを愛読していた。

穂高岳山荘の支配人、カメラマン、映像作家、そしてレスキュー隊員。

何度か遭難救助のリポートやこの世のものとは思えない美しい映像に心打たれた。

2012/10/24 岩と雪 - ぷよねこ減量日記 clasic 2009/5-2016/1

ことし、ブログ「ぼちぼちいこか」にこんな一文がアップされた。

そして5月、僕は日記にこんな感想を記した。

2018/5/28 突然消えること - ぷよねこ減量日記 new / since 2016

 

神戸で上映会があることをそのブログ「ぼちぼちいこか」で知った。

ブログは宮田さんの奥様が受け継いで続けていた。

山の空気みたいに清んで、つつましやかな彼女の文章がいい。

星野道夫さんの奥さんを思い出した。

こんな案内でした。

宮田八郎 (1966年4月4日生まれ)
2018年4月5日、南伊豆の海にて命を落としてしまいました。
山仲間で兄のような存在の木村道成氏とともに。
穂高にもどこの山にも 街にも ふたりの姿を見ることのない月日が経ちました。
 
穂高の山小屋も閉じ、冬へのはじまりの時
長年 彼が撮り続けてきた映像をご覧いただき
彼からの、彼への、そして想いを寄せてくださったみなさんへの
感謝の意と 
ふたりへの祈りを捧げたいと思います。

よろしければご都合のあう日時・会場にご来場いただけたらと思い
ご案内させていただきます。

〔開催内容〕 
会場のホワイエにて 宮田八郎の写真、映像作品等の紹介 展示
ホールにて 宮田八郎制作の映像上映等(上映作品変更の場合もあります)
 ・短編映像数点(30分〜40分)・「星々の記憶」(40分/2017年制作)

〔開催日程〕
◎11月14日(水) 開場18:30 上映19:00 〜 20:30
  松本市民芸術館 小ホール (240席 バルコニー席48席)
  長野県松本市深志3−10−1

◎11月20日(火) 開場19:00 上映19:30 〜 21:00
  三鷹市藝術文化センター 星のホール (250席)
  東京都三鷹市上連雀6−12−14

◎11月25日(日) 開場 9:30  上映10:00 〜 11:30
  飛騨市 平成の芝居小屋 船津座  (約150席)
  岐阜県飛騨市神岡町船津1130−1

◎12月11日(火) 開場18:30 上映19:00 〜 20:30
  神戸市立 灘区民ホール  (500席)
  兵庫県神戸市灘区岸地通1−1−1

〔入場無料〕
 チケットなどはよういしてありません。座席の指定もありません。
 ホールの座席がいっぱいになった場合、ホール内に入れないことがあるかもしれません。
 ご了承のほどよろしくお願いいたします。

〔申込不要〕
 事前のお申込等は必要ありません。ご都合のあう会場へ直接ご来場ください。

 

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なんで神戸の灘で上映会をするのか?

ステージで挨拶した宮田さんの友人の言葉で知った。

宮田さんは神戸灘区の出身だったのだ。

水道筋商店街の近くで生まれ育ち、毎日のように摩耶山を見て遊んだと旧友の方が話す。

享年52ということは僕が二十代のころ、摩耶山に登ったり、水道筋を歩いたりしたときに

彼は中学生くらいで、どこかですれ違っていたかもしれないのだ。

ことし2月、冬の摩耶山を撮っていた。

その映像が上映された。

故郷の山の四季を撮る計画だったという。

 

奥飛騨に移り住み、穂高岳山荘の支配人になったのは1994年。

僕は1993年の9月と、1994年の6月にこの小屋に泊まっている。

そこでも会話をしていたかもしれないのだ。

1993年は少し暗くなってから到着した。

心配してくれた小屋の人と少し話した記憶がある。

もしかしたら若き日の宮田さんだったかもしれない。

穂高岳山荘、死ぬまでにもう一度泊まりたいと思う。

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ハチ・プロダクションという映像制作会社をしていたこと。

ハチプロダクション / 山岳・自然関連のハイビジョン・4K映像撮影 制作

山小屋を基点に数々の美しい映像を撮っていたこと。

You-TubeやDVDに公開していたこと。

名古屋テレビやNHKの番組にも制作協力していたこと。

レスキュー隊員として活動し、見識ある警告、アドバイスをブログに記していたこと。

僕の知ってるのはこれくらいだった。

 

遅れて会場に入ったときには穂高岳山荘の石垣を造る場面が流れていた。

続いていくつかのレスキューの記録映像。

冬の吊り尾根遭難、迷い尾根での滑落…。

遭難者を見つけたとき、宮田さんが声をかける。

「よーし、よーく頑張った」

これって「岳」じゃないか。

 

調べると彼は「岳」のモデルとして登場していた。

「岳」は全巻読んだけど気がつかなかった。

 

遭難救助の話をドキドキしながら読んだ記憶が刻まれている。

説得力のある記述を気を引き締めて読んだ。

去年は残雪が多く、こんな投稿があった。

6月末の話、涸沢にはべったりと雪が残り滑落の危険が高い。

ともかく声を大にしてお伝えしたいのは、

 仮に何らかのルートでアイゼンなしで稜線まで登れたとしても、

  現状ではアイゼンなしではどのルートを下山するのも困難です。

 とある。

さらに、

まだザイテン取り付きまでビッシリの雪です。
当然アイゼン・ピッケルが必要になります。
で、何度も述べていますが

「穂高では4本爪や6本爪の軽アイゼンはほぼ用をなしません」
穂高の急な雪渓では、つま先と踵に爪のないアイゼンではダメなのです。
どうぞ10本爪以上のアイゼンをお持ちください。
多少重かろうがなんだろうが命には変えられません。
過去に6本爪アイゼンであずき沢などで滑落してお亡くなりになった方は、

一人や二人ではないのですから。

 

僕らは6月初旬に涸沢を下山した。

6本爪の軽アイゼン、しかもピッケルは持っていなかった。

北穂からの下りで僕が滑落した。

幸い雪の解けた穴に落ちて事なきを得た。

すぐさまヒロも同じ箇所で足を滑らせた。

身体を上下一回転させて滑り落ちてきた。

これも幸い僕のトレースを追ったから僕に体当たりして事なきを得た。

だから、この日のブログに寒気がした。

 

上映後、ステージに5人の女性が登壇した。

一人が奥さま(ブログを受け継いでいる方)、あとの4人は娘さんたちだった。

女ばかり4人もいたのだ。

みんなマイクを手にしっかりと挨拶された。

次女は涙ぐんでいた。

三女は美容師、四女は今年から歯科医になるそうだ。

「ぼちぼちいこか」、奥さまの言葉、これからも読んでいきたい。

 

雨は上がっていた。

六甲道まで歩く。

なんだか懐かしい道。

都賀川のほとりに今は四国で政治家になった神戸大生の女の子が住んでいた。

山手幹線を東へ。

震災のあと、神港学園野球部の取材でこのあたりを撮影した。

焼け跡で線香を上げてずっと泣き続けている女性がいた。

震災のとき、宮田さんは二十代中頃か。

もう奥飛騨にいたのだろうか。

そんなことを考えながら歩く。

 

六甲道の商店街の脇道に懐かしい店がある。

金沢から神戸に出てきたころによく通ったバーの跡。

「REEF」という店だった。

今は別の名前になっていた。

まさか、同じオーナーじゃないよね。

いつかふらりと行ってみようか、いや、やめとこう。

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六甲道といえばいい立ち吞みがある。

「ちびちび」というコの字型のカウンターのお店。

スーパーの裏手にあった。

行ってみると…ない!

調べたら閉店していた。

あんなに流行ってたのに…。

 

肩すかし。

西宮まで快速電車で帰る。

こんなときは吉野家だ。

冷酒とミニ鉄板焼きそばの吉吞み。

飲まなくてもよかったか、と少し後悔する。

自宅に帰って上等のウイスキーを一杯だけ飲めばよかったか。

 

食べ終えて支払いをしようとすると…あれ、財布がない!

焦る。

バックパックのいつものポケットにない!

焦る。

PITAPAはある。

クレジットカード使えますか?

使えないです。

でも、交通系のカードなら使えます。

じゃあ、ICOCAで。

事なきを得た。

でも、財布なくしたとしたら面倒だぞ。

でも、なんとなく、もしかしたら、と。

きょうはここまで財布を使う場面がなかった。

ということは…。

そもそも持ってきてなかったのでは?

 

帰宅する。

ヒロが高校時代の同窓会から帰って来たばかりだった。

財布を捜す。

デスクの上にあるはずだ。

ない!

え?

デスクの下のレシートを放りこんである段ボール箱。

そこに黒っぽいものがある。

財布!